今更ながらM-1グランプリ2017の話しだけど、今年のジャルジャルはすごかったなー!おもしろかった!!
2015年のM-1でもお互いの言葉を指摘しあうネタも完成度が高くて爆笑したけど、今年のはそれに増してすごかった。いつまで新しいことを続けるんだろう…すごすぎる。あれを見てジャルジャルのファンになったり、Youtubeでジャルジャルの漫才を検索した人も多いと思う。「完成度」という点においては間違いなく一位だったと思う。
ナインティナインの岡村も「あの漫才はすごい」と唸っており、めちゃイケの打ち合わせの前も楽屋でずっと練習していた姿を見ていたとラジオで話していた。
M-1を見たあとにジャルジャルのネタが見たくなって色々と検索した。そして、ジャルジャルのYoutube公式チャンネルにいくつかあがっている即興漫才を見つけた。
それらを見たときに改めてジャルジャルのすごさがわかった。即興なのかどうかわからないくらいに完成度が高いというか、見ていて普通に笑えるのだ。中川家や次長課長も同じように即興コントを楽屋でやるという話を聞いたことがあるが、やはり動画で見ると改めて芸人のすごさがわかる。
ただただ話をつなげているだけでなく、ボケとツッコミを瞬時に判断してお互いに手探りでゴールまでつなげていくのは、もはや職人芸のようだ。
(一本目の動画のネタは2010年のM-1のネタがベースになっているが、内容はまったく違っている)
そもそもジャルジャルのネタ作りは他の芸人と違って少し特殊なのだ。基本的な漫才のコンビは台本をどちらかが作り、それをコンビで読んでみて、削ったり足したりを繰り返して、ネタとして昇華していくのパターンが多いようだが、そもそもジャルジャルのネタ作りには台本がない。ジャルジャルの場合はおもしろそうなタイトルのネタを100個だしあって、そこからいくつか良さそうなものを即興でやってみるというものだ。お互いに「このタイトルはやりたくない」などの意見はなく、とりあえず即興でやってみる。そしてやってみて最後までスッとやり通せるのは良いネタになり、ダメなネタはそもそも即興で上手くいかないとのことだ。
このネタ作りの原点はジャルジャルの学生時代に起因している。そもそもジャルジャルは学生時代は特にお笑い芸人を目指していたわけではなく、お互いにふざけあっていたのが発展していき、二人で即興で何かをやるようになったという経緯がある。そのネタもどこかで発表するというわけでもなく、仲の良かった後輩一人にひっそりと見せて感想をもらっていただけということだ。
ジャルジャルのネタ作りは学生時代からずっとやってきた「おふざけ」の延長線上にあるようだ。そういった独自のネタ作りであるからこそ、今のようなジャルジャルにしか出来ないネタが次々と出来ていくんだなと思った。
M-1を見ていて感じた「知名度≒おもしろさ」
少し話しは変わるが、今年のM-1である意味一番話題になったのはマヂカルラブリーだろう。決勝大会で酷評され、ネタよりも上沼恵美子に怒られていた姿の方が印象に残っている人も多いと思う。彼らのネタはものすごく独特で「これ漫才なの?」という声もTwitter上でかなり上がっていた。
彼らは今年の準決勝で同じネタを披露し爆発的にウケていた。それこそ1,2位を争うくらいの爆笑だったらしい。ではなぜ決勝ではウケなかったのか。あくまで考察になるが、やはり「知名度」の差は大きいものがあると思うように感じた。
M-1の準決勝というのは相当なお笑い好きが多く、決勝とはだいぶ空気が異なるものというのはよく聞く話だ。チュートリアルの福田が自分たちが決勝にあがったときに「当日に他の人のネタを見ていて、準決勝ではあんなにウケていたのに決勝では笑いが少なくて、自分たちもウケへんかもしれんと思って怖なった 」とラジオで語っていた。準決勝と決勝では空気がまるっきり違うものであり、笑うネタ/笑わないネタもまったく変わってくるようだ。
準決勝のお客さんはマヂカルラブリーがどんなコンビか知っている人が多かったのではないだろうか。マヂカルラブリーを多少は知っている状態であのネタが来ると「なるほど!やはりマヂカルラブリーはせ攻めているな!」といった良い裏切りに繋がるかもしれないが、決勝というテレビの視聴者も含めた初見が多い状態では、「わけのわからないことをいきなりやりだした」だけになってしまう。「笑いの基本は裏切り」と言われてはいるが、そもそも視聴者はマヂカルラブリーの表の部分を知らないのだ。
ここでジャルジャルの話に戻るが、 2010年のM-1には決勝で進出するもジャルジャルは審査員からかなり酷評されていた。審査員からは「これは漫才と言えるのか?」といった評価がされ、点数も振るわなかった。
これはやはり多少の「知名度」や「その人達らしさ」というものが伝わっているかどうかというバイアスもかなり大きく関わっているのではないかと思う。当時すでにレッドシアターという番組がありジャルジャルの知名度はすでにあったと思うが、それはあくまでコントとテレビの評価だ。漫才としてのジャルジャルの知名度はそれほど高くなかったように感じる。(すでに賞をいくつかとっているので、実力はもちろん折り紙つきであるが)
(2010年のジャルジャルの得点)
ダウンタウンの松本人志も「これはねぇ…漫才と言っていいのかどうかというのがありましたねぇ…」と、どう評価をつけるべきなのかかなり迷ったコメントをしていた。つまりは当時はこのコントと漫才の中間的なネタは世間には受け入れられていなかったように感じる。
しかし、ジャルジャルは自分たちの独特なスタイルを変えることはなく、ABCお笑いグランプリで優勝などもし、2015年のM-1では決勝に戻ってきて、そのままの勢いで最終ラウンドまで進んだ。そしてさらにそこから進化を止めることなく今年の決勝まで勝ち進んだ。
(2017年のジャルジャルの得点)
それらを考えると松本人志がが今年の採点で、ジャルジャルに最高得点をつけていたのは感慨深いし、ジャルジャルのスタイルが漫才の新しい形として完全に認められたんだなと個人的には感動した。どつき漫才があり、しゃべくり漫才があり、漫才コントがあり、Wボケがあり、ズレ漫才があり、それらとはまた違った形のジャルジャルの漫才がある。基本的に今までにない形というのは、どのジャンルにも共通して、認められるのには長い時間がかかるように思う。
決勝で大吉先生がジャルジャルのネタに対して「もうひとつ何かあると思っていた」というコメントも厳しいように感じるが、それだけジャルジャルのネタに「もっと何かある」と期待していた裏返しだったんじゃないかなと思う。
マヂカルラブリーのネタもこのまま数年続けていれば必ずそういった「新しい漫才としての認知」を得られるジャルジャルと同じようなタイプなんじゃないかなと感じた。漫才やコントのネタというのは、純粋なおもしろさの他にもバックボーンなども一つの要因として大事なのかもしれないと今年のM-1を見ていた思った。
ここに来るまでの努力や実力を含めて知名度なんだと思う。世の中に認知されるって本当に大変なんだな…!
と、話しはズレにずれてしまったがとにかくジャルジャルのネタはおもしろかったし、個人的にますますファンになった大会だった。ジャルジャルの「次は何をやってくれるんだろう」という期待感はすごい。ファイナルラウンドではどんなネタをやる予定だったのかな…見てみたかったな…!
ジャルジャルはめちゃイケなども含めてレギュラー番組が次々と終わり、窮地に立たされている。たしか来年がM-1のラストイヤーになる年なので、来年こそが本当の勝負になるのだと思う。M-1の決勝にあがってきてくれることを信じて、来年のジャルジャルのネタも楽しみにしたい。
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— megaya (@megaya0403) 2017年12月7日
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