秋葉原に耳かきをやりに行った
秋葉原を歩いているときに、耳かきをしているお店の看板が目に入った。そういえば昔テレビでこういうお店が話題になっていた気がする。
耳かきを最後にやってもらったのはいつだろうと思い返してみると、おそらく小学3,4年生くらいのときだ。膝枕をしてもらうのが恥ずかしくなって、「自分でやる!」と宣言してからだ。
ただ宣言したあと、僕は耳かきをまったくやらなかった。そしたら恐ろしいことに、耳くそが溜まりまくって岩石のごとくそれらが固まり、右耳が塞がってしまった。そして病院に行くハメになったことがある。
病院にお世話になるのは良いことではないが、そこで僕は感動体験をした。
病院で耳クソを柔らかくする薬をもらって一週間ほど塗布してから、耳かきを母にしてもらった。そのときの耳かきの気持ちよさといったら最高に気持ちよかった。薬のおかげで一気にボロボロと取れる耳クソの快感はすさまじいものがあった。
耳そうじをが終わったあとに、僕はさらにそれを超える感動をした。なんとまとめたらビー玉くらいの量はあるであろう耳クソがティッシュの上に鎮座しているのである。
歴史の証人になった気がした。耳クソギネス記録保持者として永久に讃えられるんじゃないかと思った。
「この耳くそ残しておこうよ!末代まで残そうよ!!」
とまるで宝物を見つけた海賊のごとくはしゃいで母に報告したが、
「恥かくだけだからやめなさい!!!」
と速攻で覇気を使われて黙らされた。小便漏らすくらいの迫力で否定された。今思えばあのとき怒られてなかったら、耳くそを今でも自慢げに持ち歩く奇人になっていたかもしれない。耳クソ持ち太郎って呼ばれてた可能性すらある。
そんな思い出に浸って看板の前でぼーっとしていると、久しく耳かきをしていないなと思った。いい機会だし、ブログのネタにもなりそうだし、やってもらおうかなと思い店に入ることにした。
いやらしい目的でいくわけではない。あくまで耳掃除とブログのためだ。あくまで。
中に入って受け付けに行くと、奥から男の人がでてきて、コースの説明を色々としてくれた。僕は一番安い20分で1980円のコースを選んだ。
これが安いと思うか高いと思うかはかなり意見が別れると思う。ただ「彼女をつくって耳かきをしてもらう」という高難易度の黒魔術を発動させるくらいなら、僕からしたら安いものだ。
店内は漫画喫茶のように個室で区切られており、5~6くらいの部屋があった。どこからも人の気配がしたのでお店は混んでいるようだった。
少ししてから案内された個室は一畳半くらいのせまい空間で、横になれそうな大きなソファーと物を置くテーブルが置いてあるだけの簡素な部屋だった。
ソファーにすわり女の子がくるのを待った。こういうのを待ってるときって恥ずかしいような、情けないような独特な気持ちになる。
いつもの僕であればこういった待ち時間はキョロキョロしたり、スマホをいじったりするのだが、今日はどっしりと構えて待つことにした。
仏が如く余裕に構えておく。明鏡止水、森羅万象、冨樫義博。大人の余裕ってやつを見せつけるのだ。女の子が入ってきたときに、「え?他の人と雰囲気が違う!やだカッコイイ!」を演出するためだ。
(この話を知り合いにしたら「店に来ている時点で他の人と同じ。ただの客。そういうの考えてるのがキモい」と心を粉々にされた)
仏モードになって部屋で構えていると、女の子が入ってきた。身長150cmくらいの小柄で丸顔の可愛らしい子が、メイド服で近づいてくる。
可愛いのだけれど、その子の顔を見て僕はすぐに目をそらした。なぜならその女の子が今から僕の耳かきをすると考えると、急に恥ずかしくなってきたからだ。
「初対面で耳かきをしてもらう」って今更ながら異様なことだ。「5秒で合体」とほぼ同義なんじゃないだろうか。
丸顔の女の子はミキ(仮名)と名乗って、サービスの説明をし始めた。このお店では耳かき以外にも、手のマッサージや顔のマッサージなど色々と出来るようだ。
顔のマッサージ…だと。つまり女の子に顔に触れてもらえる…!!
一瞬迷ったが、今日は耳掃除をしにきているんだ。危ない。なんて甘美なトラップをしかてくるんだ。当初の目的を見失うところだった。
「耳かきでお願いします」とミキさんに注文を伝えると、心臓が口から出るんじゃないかってくらい緊張してきた。
膝枕…耳かきをしてもらえれば膝枕がしてもらえる…
ミキさんはソファーの端に座って「じゃあ頭を膝の上に伸せてください」と僕に言った。そのセリフだけで全身に電流が走ったと思うくらい緊張感が高まる。
しかし僕はここでひとつ思い違いをしていた。僕はてっきり生足で膝枕がしてもらえると思っていたのだ。しかし、座ったミキさんの膝を見るとロングスカートの上にタオルが置いてある。鉄壁の防御システム。そりゃよくよく考えたら膝枕を生足でしてくれるとかありえないよね。
生足じゃないにしても膝枕はやはり緊張する。ゆっくりと頭をのせる。興奮よりも、不快に思われたらどうしようという気持ちの方が強かった。
どれくらいの力でミキさんの足に頭をあずけていいかわからなかった。彼女の足の負担にならないように微妙に力を入れて頭を浮かせている。体制が辛い。プルプルする。お金払ったのになんでこんな辛いことをやっているんだろうという気持ちになってきた。
頭に力を入れている他にも辛いのが、手を足をどこにどう置いたらいいのかわからないということだ。初めに置いた状態から動かすことができない。動かして「なんで動いてるの?キモ」と思われたらどうしようと考えていた。
そんな姿を察してかミキさんが「体勢つらくないですか?」と聞いてきたが、「大丈夫です!」とキリっと答えてしまった。なぜ男というのはこういうときにカッコつけてしまう生き物なんだろうか。
「じゃあ耳かきはじめますねー!」
上に向けた右耳から声が聞こえてくる。耳の穴を冷たいものが触れる。まずはウエットティッシュで耳を拭くようだ。心地よい。石油王にでもなった気分だ。
そして耳かきが始まる。耳かきが耳の穴に入った瞬間に、僕の中で新しい扉が開いた。僕は宇宙をみた。いや、そこはすでに宇宙だったのかもしれない。
他人にやってもらう耳かきってこんなに気持ち良いのか…!!
初めて知る衝撃の波に押し寄せられるとともに、次第に身体の力は弛緩し、全身からは力が抜け彼女に身を委ねていた。
耳かきをしているときに何か会話をしていたが、ほとんど覚えていない。映画のこととか、仕事のこととか、断片的には覚えているが上の空で話していた。緊張とか性欲とかそういうことではない。単純にめちゃくちゃ気持ち良くて何も考えたくなくなる。
ああ…なんて懐かしい感覚なんだろう。小学生の頃を思い出す。昔はこうやって母にやってもらっていたのだな。耳くそがビー玉くらい取れたときの気持ちよさを思い出しつつある。
そういえば最近実家に帰ってないな。たまには家に帰って母にでも会おうかな。
そんなことを考えていると涙がでそうになった。ただここで涙がでると、ヨダレを垂らしていると勘違いされる可能性があったため、ヨガファイアを繰り出す蓮舫を思い浮かべてなんとか涙を引っ込めた。
逆の耳をやってもらうときには、もう緊張や不安はなかった。母に包まれているような安心感。ああ…母さん。実家に帰らなくても母さんはここにいたよ。
気づけば20分という短い時間は終わっていた。しかし僕は満たされていた。性欲などという低俗なものが満たされたわけではない。
人生で初めてバブみというものを感じたのかもしれない。バブみの意味も使い方もしらないけれど、きっとそうなのだろう。僕の脳がバブみっている。
僕は終わりの話を聞いていたが、ミキさんの膝に頭を載せたまま身体を動かさなかった。ミキさんは困ったように「あの…時間ですよ…?」と僕に声をかけてきた。
まだ帰りたくなかった。まだバブりたかった。
まだだ…僕はさらなるバブみを目指すんだ…!!
そして僕はミキさんの膝から顔を上げて、生まれたてのような清々しい顔でこういった。
「30分延長で」
そして僕はさらにバブり、バブられ、バブらせながら、魅惑のバブリンスに囚われる時間帯を過ごした。
お店に出てから、僕は急激に心が冷えるのを感じた。ここは現実。もうバブリーなタイムは終了した。何をやっていたのだろうか。バブみってなんだよ。
結局お会計は5000円を超えていた。何をやっているんだろうと自分自身に問いかけた。5000円あったら生足で膝枕以上のことが余裕で出来ただろう。
電車の方向に向かいながら母のことを考えた。こんな恥ずかしい出来事は母に話せないなと思った。本物の母に合わせる顔がない。
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